見えない父 と 聞こえない憲宗
私の父は目が見えない。
全盲になってもうすぐ5年。
今ももちろん大変だとは思うが、だんだん見えなくなっていく状況の中、一人で生活していた時の方が精神的にしんどかったのでは。。と、見ていて、そう感じていた。
見えなくなった頃、父の家へ行った日には夜になると必ずと言うほど
「おれの枕、どこいった?」
「ラジオの周波数いじったべ?」
「目ざまし時計の時間が狂ってたぞ」
と、電話が入る(汗)
そう言われてもねー、すぐには行けないしー。
父の家まで車で1時間はかかるしー。
父はそれまで暮らしていた自宅で一人、つつましく生活を続けている。
自分ではどうにもならない困ったことがあっても、ヘルパーさんや家族が訪れた時にしか解決出来ない。
決まったものを決まった所に置かなければ混乱してしまう。
それを勝手にいじろうものなら、父は目の前にある爪切りを何時間も手探りで探すのだ。
見えない人がいるなんて露知らずの憲宗くん。
そこらじゅうにある物をいじる、触る、どっかにやる。。。訳で。。。
私も神経を研ぎ澄ましてはいるものの、見えない父親と聞こえない子どもを同時進行でフォローするのは、並大抵のことじゃないんですよねー。
で、目が離れちゃう訳ですよ。
で、憲宗が野放しになっちゃう訳ですよ。
最近、憲宗は父の顔にまじまじと自分の顔を近づけて、どうやらこの人は見えてないんじゃないかな?なんて、薄々気がつき出したようですが。
次女の行動を真似て、父がソファから立ち上がると歩く邪魔にならないように父の傍から離れるようになった。
気付いたのか??
とは言え、いたずらをやめはしない。。。
ニヤニヤしながらじいさんの部屋にこっそり侵入するのは
やめろーーー!!!!
笑いながらじいさんの顔にピンポン玉を当てて遊ぶのも
やめろーーー!!!!
それでも、憲宗がじいさんの頭をなでたり、じいさんが憲宗を膝に抱いたりしてる様子を見てると、この2人にしかわからない何かがあんのかなー、なんて思うのだった。
例え憲宗に「じいさんは目が見えない」と言うことがわかったとしても、その不便さを理解するのは難しいだろう。
仕方ないと言えば仕方ない。
結局のところ、私だって見えない聞こえない人達の不便さを想像することしかできないのだから。
「見えない」けど
「聞こえない」けど
この2人が、無条件に互いの肌に触れられることを幸せに思う。