ちゃんと今を生きてるかい?

耳が聞こえず言葉を持たない息子が教えてくれたこと。「未知数なぼくたち」絵会話アーティスト武田憲宗の活動や家族の日常を記録。金髪で、がんサバイバーの母ちゃんは気合を入れて子育て中。

地下鉄の女神さま 後編

命の危険を感じながらも、謝りながら帰りの地下鉄に飛び乗った。

やれやれ。

と。

帰りたくねぇーーー!!!

暴れる憲宗。

 

履いていた長靴をふっ飛ばし、ひっくり返る。

まだ地下鉄を見ていたかったんだろう。

けどね、ダメだから。

ホームをほふく前進だなんて、誰も許してくれないから。

 

こんな時はいつも、けがをしないように力いっぱい離さずに抱いて、落ち着くのを待つしかない。

座席は空いてなかった。

長女がいない分、私の右腕として活躍した次女は疲れ切っていた。

一人分の席を見つけ次女を座らせ、私は立ったまま暴れる憲宗を抱いていた。

腕は限界。

ひっかかれ、鼻をかじられる。頭突きにクラクラしても負けずに両足で踏ん張る。
猪木ばりのビンタと、繰り返される暴行!?に、乗客の方々のどう助けて良いのか、どうしていいのかわからない様子が、良くわかる。

優しさから見ないようにしてくれているのも、伝わってくる。

こんなことは私にとっては、いつものことだった。

でも、いつもとちょっと違ったのは右手には憲宗の長靴。左手には食べ残したポップコーンを持っていた。

全くもって、されるがまま。

 

捨ててくりゃー良かったのにね。

だって、後で「食べたい」って言うかな?なんて思ったし。

だって、わたし貧乏性だし。

 

車内でかっぱがしたら、それこそ地獄だと覚悟し、憲宗が暴れようとも、車両が揺れようとも、ポップコーンだけは水平を保った!!

 駅に到着ー。

 

ホームに出て、限界に達した腕を休めようと、長靴とポップコーンを床に置き、憲宗を抱いたまましゃがみ込んだ。

と、

「何かお手伝いしますか?」

女神さまの声!!!

若い女性だった。きっと一部始終を見ていたのだろう。

 「これ!捨ててください!!」

すぐさま、私はポップコーンを渡した。

驚く女性。

これさえ、これさえなければ。。と、ずっと思っていた!!これで救われる!!

あとはどうにか帰ることが出来る! 

「あとは?何かありませんか?」

と言う女性に

「それだけでとても助かります!あとは大丈夫!少し休んで帰ります」

と答えた。

きっと、一緒に出口まで手助けしてくれるつもりだったのかも知れない。でも、この憎っくきポップコーンがなくなるだけで、その時の私の問題はほとんど解決したのだ。

 

女性は、立ち上がると次女に優しく声をかけてホームの出口に向かった。

「お兄ちゃん。偉かったね!!」

 

私は泣きそうになりながら、女性を見送った。

ありがとう。

ありがとう。